アクセスカウンタ

サイクリングを楽しもう

プロフィール

ブログ名
サイクリングを楽しもう
ブログ紹介
 熊本に単身赴任してから、中性脂肪が上限を超えたのを機会に、健康を考えつつ地球にやさしい観光をかねて、サイクリングを初めました。GIANTのクロスバイク(ジャイアン号)で、サイクリングは、輪行したり、峠越えなどをして楽しみました。
 現在は、横浜に帰ってきて横浜を中心にサイクリングを続けています。ジャイアン号はフレーム以外の部品を交換してメンテナンスしながら乗っています。さらに、2007年5月にLOUIS GARNEAU(ルイガノ)のRSR-1を購入して、クロスケ号と命名して、体力の衰えを軽量化で補うことにしました。興味のある方といろいろ情報交換していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
help リーダーに追加 RSS

暑いのに三浦半島一周

2008/07/21 19:40
画像 梅雨明けの折角の三連休で、サイクリングに出かけようと思いましたが、あまりにも暑いので帰宅が楽な近場のサイクリングにしました。最初は深大寺にお蕎麦でも食べに行こうと考えましたが、途中、日陰のないサイクリングロードを走るのもつらそうなので、三浦半島一周に決めました。そんなこんなで早朝5時に出発して、16号線はガラガラで元気なうちは快走していきました。いつもはトンネルを抜けるのに危険を感じながらだったのですが、この日は元気よく気持ちよく行けました。

 ということで、早朝でまだ開いていない観音崎灯台です。この後は、まだ海水浴客のいない三浦海岸を抜けて剱崎灯台にも寄って、城ヶ島で小休憩となりました。

 本日の1つの目的地は、湘南国際村に向く途中にある関根御滝不動尊にある湧水です。湘南国際村に行く時にいつも忘れて通過していたので、今日はしっかり見つけました。いつもの光景で、大きなポリタンクをいくつも並べて、汲みに来ている人がいました。
画像
 場所は134号線を途中で左折して湘南国際村に向い、久留和トンネルを抜けて右折して山道を少し戻ります(地図)。なお、反対から行く場合には、久留和バス停のあるところの脇道から入ります。ここで水を補給しましたが、一応、沸かして飲料するようにと説明書きがありました(ピロリ菌が怖い)ので、2口程度で止めておきましたがうまい。

画像 もう1つの目的は鎌倉の蓮です。葉山と逗子は海水浴客で混んでいる道を避けて、裏道で抜けて光明寺の庭園の蓮です。ここには、風が抜けて涼しい石庭があるので、小休止。






画像 鶴岡八幡宮の源平池の蓮を見に行きましたが、昼近くになっっていたので、閉じてしまった花が多くなっていました。ここでお腹が空いていたので、早目の昼食にしました。暑いので安全運転でノンビリと帰路につきましたが、13時には自宅に到着。

 ホイール交換をした本格的な走行テストも兼ねていましたが、ブレもなくブレーキングも特に問題もなく、このまま利用できそうです。
記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(金星太陽面経過観測記念碑)

2008/07/16 20:59
画像 なんでこんな所に「金星太陽面経過観測記念碑」があるのだろうと不思議である。(地図

 金星の太陽面経過とは、太陽、金星、地球が一直線上に並ぶ時、金星が太陽の前面を横切るように地球から見える天文現象のことだそうです。最近では2004年に観測されたそうです。各国が観測のために、来日して各地で観測したそうですが、ここはメキシコの観測隊が地点だそうです。

 紅葉坂の途中で、県立音楽同駐車場入口の手前にあります。その少し先に、「神奈川奉行所跡」もあります。



画像

記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(天神阪碑)

2008/07/16 20:10
画像 読売新聞の「港を碑楽」で紹介されていた「天神阪碑」は初めて聞く碑だったので、休日に探してみました。
画像


 京急日の出町駅から左側にある京急ストアの脇の道に入ります。すぐに階段となり、上り京急線の上にある陸橋を渡り、階段の途中の角に、ひっそりと碑が立っていました。(地図


 江戸時代に太田村字天神山と呼ばれた山から、新田造成の土砂を採掘して、吉田新田を1667年に完成させたことを記念して、後の吉田家当主が建てたのもだそうです。現在の関内を中心とした繁華街に変貌したことになる。

画像
記事へトラックバック / コメント


損傷したホイールを交換

2008/07/09 12:43
 リムが凹んだためホイールを交換する事にしましたが、新品を購入できないので、オークションでまだ使えそうな中古ホーイールを探していました。タイミングよく落札できたので、日曜日には届きました。夜だったので、今日、振れの確認して、錆やゴミなどをきれいにした上で、後輪のベアリングが少し磨耗している感じがする程度で、振れは問題ないレベルだったので、早速、交換してクロスケ号に取り付けました。
画像

 現在のホイールと同じものがなかったので、WH−R550のブラックに変わりました。クロスケ号が見た感じが変わりました。入手したホイールには、オマケでリムテープとチューブとタイヤ(パナレーサ・エクストリーム・デュロ)?)をつけてくれたので、外観上はそのまま使用できそうな状態で特に問題なさそうで、乗り比べ兼ねて利用するにしました。

 シマノの完組みホイールの修理はできないのでしょうかね?
 それとも修理代が高いので敬遠しているのでしょうかね?

画像 交換前
 (WH-R550 シルバー)









画像 交換後
 (WH-R550 ブラック)
記事へトラックバック / コメント


自転車とって車道は危険が一杯

2008/07/07 00:41
画像 この交差点で、車に寄せられ道路上の金属製の出っ張りに乗上げてしまいました。当然、パンクは6箇所、リムの損傷も重大でした。

 でも、怪我がもなく、クロスケ号のフレームも無傷だったのが、何よりも不幸中の幸いでした。

 皆さんも車道は危険が一杯ですから、注意して安全運転に努めましょう。また、間違ってもロードバイクの真似をして、信号無視はやめましょう。


画像 リムがこんなに凹んでしまいました(気分も凹んでいます)。今は、こんな危ない道路のままにしている道路管理者に弁償してもらいた気分です。

 前輪のリムの損傷が激しく、走行自体には問題はないのですが、ブレーキングの時にこの傷のために激しい振動になります。そのため、現在は後ブレーキを中心に利用しています。後ブレーキだけですと急ブレーキ時にスリップするので、注意が必要です。

 このリムは、購入した時に装着されいたもので、シマノのWH-R550という完成ホイールのため、自分でリム交換できません。また、WH-R550がどのお店も完売状態で入手できません。金欠状態では、高額なホイールも購入できず、途方に暮れていたところに、「捨てる神あれば、拾う神あり」(?)です。オークションでWH-R550を見つけたので、早速、入札しまいた。私の現在の運勢では、オークションは縁起が良いということも手伝って、落札することができました。

 今後、振れの確認とオーバーホールをして交換する事になる予定です。
記事へトラックバック / コメント


平塚の七夕まつりに行く

2008/07/06 00:22
画像 134号線を利用して、平塚市内には入りましたが、途中、江ノ島は濃霧で全く見えませんでした。ロード集団の少し後ろについて走行して意外と早く到着しました。やはりロードは速くて40km/hrぐらいで走行していました。まだ、午前中の早い時間なので、準備中という感じでした。






画像 最近は、観光用に夜も祭りとしてやっているので、オーソドックスな飾りが減って、明かりが入る行灯型ともいうべきものが多くなりました。









画像 ここはいつもメルヘンの七夕飾りで子供に人気の所ですが、今時の子供にこの物語を知っているはどのくらい入るのだろうか?









画像 脇道は屋台が隙間なく一杯並んでいました。まだ、準備中で冷凍品を溶かしているお店もありました。









画像
 小さい七夕飾りも数が揃ってくると壮観である。日曜日にでも行かれたといいでしょう。

[本日の走行(クロスケ号)]
平均速度:21.1Km/Hr
最高速度:46.2Km/Hr
走行距離:73.3Km
累積距離:2774Km
記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(石鹸工場発祥の地)

2008/07/05 14:13
画像 1873年に堤磯右衛門が日本で最初に石鹸製造に成功した人物であるという。横須賀製鉄所や煉瓦製造などで外国人が石鹸を使っているのを見て、始めたようです。石鹸の製法は、灰、牛脂、塩を原料として自分で考え出して成功したとされています。(地図

画像










 当時の石鹸工場の様子です。

評判がよくて、香港や上海まで輸出するほどで、川沿いに工場を創ったのでしょう。

画像

 日本最初の石鹸工場発祥の地−堤磯右衛門石鹸製造所跡−の平成5年に記念銘板が設置されました。
記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(近代水道発祥の地)

2008/07/04 20:54
画像 野毛山公園の一角に、当時の野毛山浄水場跡があり、近代水道の創設に尽力したイギリス人技師ヘンリー・スペンサー・パーマーの胸像とその手前に、近代水道発祥の地の碑があります。(地図

画像
 相模川から横浜までの近代的な水道計画を基に、パーマーが監督して、相模川上流から野毛山浄水場まで鉄管を使って送られるようになりました。横浜水道道のコースは市街地も構わず、一直線に伸びて、急勾配の坂が多いのが特長です。


 横浜水道道のコースの詳細は、「横浜水道道の探索」を参照ください。

画像
コース上には浄水場がありますが、西谷浄水場には、横浜水道記念館もあり、見学することができます。
記事へトラックバック 0 / コメント 2


河内川のアジサイ

2008/06/16 00:13
画像 河内川沿うに不法投棄で川が汚れないようにと、地元の方が丹精込めて育てたアジサイだそうです。







画像 あじさいまつりとするほどかはわかりませんが、水はそれほどきれいではありませんが、川沿いはきれいになっていました。







画像
住宅街を縫うように流れる河内川沿うにアジサイが植わっていました。

 昼食を家で食べるつもりだったので、早々に帰路につきましたが、途中で、道路上の出っ張りに自転車を乗り上げてしまい、1年ぶりに前後ともパンクしてしました。後は予備チューブに交換して、前はエアーを入れながら8kmほど走って湘南海岸公園で本格的なパンク修理で時間がかかり、自宅に到着したのは13:00を少し回ったところでした。食事後にメンテナンスするもリムを少し傷めてしまいました。(泣)
記事へトラックバック / コメント


平塚には、鉄道もないのに駅がある?

2008/06/15 19:05
 神奈川県内には鉄道もないのに『駅』という名の場所が3箇所ほどあります。1つは、大山駅が有名ですが、残りの2つが豊田本郷駅と金目駅というので探して見ました。昔の豊田本郷駅と金目駅は名残がありましたが、現在はバス停にしか残っていませんでした。以前は、愛甲田代駅というのもありましたが、改名して現在は田代となり今はありません。

画像 豊田本郷駅というバス停周辺(地図

 バス停で待っていた方にお話を伺ったところ、昔は宿場があったので馬車などの乗り合い駅があったのではということでした。



画像 バス停の豊田本郷駅

確かに、駅が付いています。








画像 金目駅というバス停周辺(地図

金目サイクリングロードで川を渡る吾妻橋の少し先に、ありました。





画像  バス停の金目駅

この駅は「えきから時刻表」には載っていません。当たり前? でも、ジョークで載っていると面白いのですがね。
記事へトラックバック / コメント


あやめの里に行く

2008/06/15 18:35
画像 梅雨の合い間のお天気なので、予定外のサイクリングに出かける。コースは涼しそうで車の少ない新湘南バイパスの脇道を選択して、相模川を渡ったのは今まで利用したことがなった比較的新しい湘南銀河大橋(写真)で渡りました。




画像


私には、ハナショウブとアヤメの区別がつきません。






画像
丹沢の山々を背景にしたあやめの里です



記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(神奈川奉行所跡)

2008/06/12 21:49
画像 桜木町からランドマークビルを背にして紅葉坂を上る途中に、神奈川婦人会館がありその前に記念碑が建っています(地図)。

説明板には下記のようにきされていました。
 横浜開港にともない安政6年(1859)6月4日、開港場建設の事務に当たった外国奉行境忠行・水野忠徳・村垣範正・堀利煕・加藤則著の5名に神奈川奉行兼帯の命があり、青木町(神奈川区)に会所、戸部村宮ヶ崎(西区)に奉行所を置き、また横浜村(中区)の中央に運上所を置いて事務を執りました。この地にあった奉行役所は戸部役所と呼ばれ、内国司法・行政の事務を取り扱い、運上所では、関税及び外務全般の事務を取り扱いました。万延元年(1860)神奈川奉行は専任となり、松平康直・都筑峰暉が任命されました。
 明治元年(1868)3月、明治政府は新たに横浜裁判所を置きました。4月神奈川裁判所と改め、これを2つに分け横浜裁判所・戸部裁判所とし、運上所並びに戸部役所の業務を引継ぎ、神奈川奉行所は廃止されました。その後、明治3年、神奈川県庁と改称されました。

画像
記事へトラックバック 1 / コメント 0


滝山城跡と高幡不動に行く

2008/06/09 00:58
画像 多摩川サイクリングロードを走っていて、気になっていたが、いつも立寄るのを忘れていた場所が2箇所ほどありました。そこで、梅雨の合い間に晴れたので、久しぶりに多摩川サイクリングロードを走り、その2箇所に向う。土曜日だったため、意外と空いており、走りやすかった。多摩川のの対岸に渡り、途切れ途切れの土手の道をのんびりと走って、滝が原運動公園に向う。

画像 滝が原運動公園から滝山公園に入る道が分かりづらく、滝山城跡入口という看板があるところから上りました。上り坂は急坂ですべるので安全の為、クロスケ号を押して上りました。車の多い周辺地域とは別世界に迷い込んだようで、静けさの中で小鳥のさえずりだけが聞こえてくるようなところでした。

画像






 滝山城は戦国時代の城郭遺構で、永正18年(1521)に大石定重が築城して、北条氏照によって改修されたという。丘陵の多摩川側にある80mの断崖を活かして、複雑な自然の地形をうまく利用した城であったようです。そのため、武田信玄の2万の兵による猛攻にも耐えたといわれています。

 のんびりと城址を散策したので、次は、高幡不動に向うため、一旦、16号線で多摩川サイクリングロードに戻り、日野橋まで下る。ここから高幡不動に入りました。

画像 予想していたよりも立派な高幡不動駅舎の前を通り高幡不動金剛寺に入る。ちょうど、あじさいまつりで五重塔の左側の傾斜地に、あじさいが一杯咲いていました。88ヶ所巡りができるようになっているので、アジサイを鑑賞しながら巡ることができます。


画像
境内散策の案内図

画像 一般的にはガクアジサイですが、それぞれに名前は明示されていました。
画像





 これは、はじめて見る可憐なアジサイです。


画像 境内には、新撰組の土方歳三の立派な銅像が立っており、実際の人物に合ったことがないのですが、ちょっといい男に出来上がっているのかな。



画像








 土方歳三の墓のある石田寺にも寄っていく。この寺は土方家の墓が多くあり、案内がなければ探すのも難しいです。説明には、土方歳三は函館まで行き、最後まで官軍と戦って明治2年に戦死したと記されていました。

[本日の走行(クロスケ号)]
平均速度:20.3Km/Hr
最高速度:44.5Km/Hr
走行距離:158.6Km
記事へトラックバック / コメント


くりはま花の国と葉山の棚田

2008/06/02 00:02
画像
  砕氷船しらせを見学してあと、観音崎と浦賀を経由して、久里浜にあるくりはま花の国に向う。そろそろ終わりごろになるポピー園を散策していく。写真はポピーの中を親子が通り抜けていく。子どもにとってはいい思い出になることだろう。

画像 ポピーの花



画像




 ポピーの花



画像  久里浜から134号線に抜けて海岸線沿いを気持ちよく快走していく。葉山で右折して県道27号線に入り、以前に来た棚田に立寄る。まだ、田植えが終わっていない田んぼも1/3ぐらいありました。機械が使えず手で植えるので手間がかかるのでしょう。

画像


[本日の走行(クロスケ号)]
平均速度:21.4Km/Hr
最高速度:49.5Km/Hr
走行距離:83Km
記事へトラックバック / コメント


サイクリング途中、砕氷船しらせを見学

2008/06/01 23:02
 昨日は1日雨でしたが、今日は爽やかないい天気なので、予定していませんでしたが、急遽、サイクリングに出発することにしました。さてどこに行くか迷う時は三浦半島ということにしている。16号線のトンネルをいくつも抜けて、横須賀に着くと、『砕氷船しらせ一般公開』が行われていたので、見学していくことにしました。
画像


画像 自転車は無料の駐輪場において、一般公開には多くの方が並んでおり、その列に加わり乗船しました。見学者が多く操舵室はちょっとしたラッシュアワーの電車の車内のようで、説明する方も大変そうでした。



画像 船体の後部には大きな格納庫があり、格納されているヘリコプタがありました。それにしても大きな格納庫である。全部には大きなハッチのある大きな貨物室があり、大きな倉庫と数機のヘリコプタの格納庫を持つ構造が印象的であった。
 出口でも長蛇の列で簡単には出れませんでしたが、有意義な見学できました。休日にもかかわらず見学させてもらい関係者に感謝します。

 ここで相当に時間を費やしたので、三浦半島を1周するのは諦めて、序にホームセンターでちょっと買い物として、観音崎経由で、くりはま花の国に向うことにした。もう地図も持たずに気ままなコース選定できるほど三浦半島を走っていることになる。
記事へトラックバック / コメント


改正道路交通法が6/1から施行

2008/05/29 20:18
画像


 改正道路交通法が6/1から施行されます。

自転車安全利用五則

@自転車は、車道が原則、歩道は例外
A車道は左側を通行
B歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行
C安全ルール
D子どもはヘルメットを着用


自転車に乗る人も自動車と同じように交通安全で乗りましょう。
記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(日本ガス事業発祥の地)

2008/05/25 10:11
画像 日本の都市ではすでに見られなくなっているガス灯ですが、横浜では今でも復元されてガス灯があります。今回の読売新聞の「港を碑楽」では、そんなガス事業の史跡が紹介されていました。場所は音楽通り沿いの本町小学校の前にあります。(地図










画像 この記念碑には次のようにl記されていました。

 『明治三年 高島嘉右衛門によって中区花咲町のこの地(当時の伊勢山下石炭蔵跡)にバス会社が設立された。高島はフランス人技師アンリ・プレグランを招いて、明治五年九月二十九日(太陽暦十月三十一日)、神奈川県庁付近および大江橋から馬車道・本町通りまでの間にガス灯十数基を点灯した。これがわが国ガス事業の発祥である。明治二十五年四月、横浜市瓦斯局となり、昭和十九年十一月東京ガス株式会社となった。』とあり、東京ガスの発祥の地ということですね。

 ガス灯の記念碑は馬車道の市民文化会館家内ホール前にもありますので、そちらにも立寄るといいでしょう(地図)。薄暗くなるころには、ガス灯に燈っているのがわかり、当時の様子が分かります。
画像

記事へトラックバック / コメント


横浜の史跡の紹介(鉄道創業の地)

2008/05/17 21:31
画像 読売新聞の「港を碑楽」に鉄道創業の地についての記事がありました。日本で最初に鉄道が開通したのは新橋から横浜の間でしたが、現在の汐留から桜木町の間でした。その桜木町駅から高架の右側を関内方面に進むと交差点の突当りの広場に大きな碑が立っていります。(地図
画像        








 「鉄道創業の地」の碑は大きくて5mもあります。全体を写真を撮るにかなりバックしないと取り込めませんでした。この碑には当時の横浜駅が描かれています。

 また、碑の脇には説明板があり、次のように記されていました。
『日本で初の鉄道を作るために明治3年(1673年)に鉄道資材を英国から購入し横浜港で陸揚げされ建設が始まった。
 この地は2年後の同5年5月7日、横浜、品川間に最初の鉄道が開業した時の初代横浜駅の跡地である。
 この鉄道発祥の地を象徴して昭和42年10月16日に記念碑が右図(15m後方)の原標の位置に建立されたが、昭和63年12月にこの広場を整備するに当たって、現在の位置に移設された。』

画像
この碑に描かれている初代の横浜駅の様子
記事へトラックバック / コメント


大井埠頭の周辺を散策

2008/05/07 00:47
画像

 東京地域はゴールデンウィークの後半はあまり天気がよくありませんでした。そのため、今年は遠出せずに横浜市内や都内の散策をしていました。そこで、都内に入るいつもの産業道路のコースで大井埠頭の周辺に行ってきました。環状7号線で大井埠頭に向かいましたが、途中で、大井埠頭中央海浜公園を一回りし、次は東京湾野鳥公園(入場料300円)を散策しました。

画像

 以前に来た城南島海浜公園やJR東海の新幹線の車庫を一回りした頃から、霧雨が降り始めて離陸した飛行機がすぐに雲の中に消えていく状況なので、かなり雲も低く、道路が濡れてきました。この日は午後から晴れ間が出るということでいたが、天気予報は外れてしまい、諦めて帰路に付きましたが、横浜市内まで霧雨が降ったり止んだりでした。自宅についたらこちらでは全く降っていないということで、随分、局地的な霧雨でした。
記事へトラックバック / コメント


横浜の観光案内地図が入手できます。

2008/05/03 17:29
 ゴールデンウィークで横浜に来られる方は、事前に地図を無料で入手できまます。

横浜ビジターズガイドに掲載されている地図の一部をダウンロードすることができます。

そのダウンロードできる地図は次の4つです。
 横浜市全図(PDFファイル 831KB)
 横浜駅〜みなとみらいエリア(PDFファイル 588KB)
 みなとみらい〜中華街エリア(PDFファイル 588KB)
 山下公園〜元町・山手エリア(PDFファイル 613KB)
記事へトラックバック / コメント


月別リンク