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ワールドフェスタヨコハマ2008が開催

2008/10/14 21:20
 朝の雨も上がり芝生は濡れていましたが、今年もワールドフェスタヨコハマが開催されました。世界中の本場のいろいろな料理が食べられるので、大勢の方が訪れていました。今年は、デジカメの調子が悪いので、ちょっとテストと運動を兼ねて、行ってきました。

去年のワールドフェスタヨコハマの様子は、こちら

画像 おいしそうな香りがあちこちから漂ってきて、食欲をそそります。ここは、エジプト・アラブ共和国のテントですが、なぜスペイン料理?ちょっとわからない。






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 お馴染みの光景があり、見ただけでも食欲をそそられます。食欲の秋。。。




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 今年の舞台では、ロシア民族舞踊が披露されていました。
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東京湾の湾岸散策4(幕張〜金谷)

2008/10/13 19:09
 海浜大通ではロードバイクが多く走っていました。そのうちの1台について、快適に走行していきましたが、稲毛海浜公園で分かれて、花の美術館に立寄りました。ここの庭のコスモスも見ごろになっていました。
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画像 このUFOのような建物は、千葉港の見張り番のようです。地震の時でも倒れないんでしょうかね?

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 その対岸にある千葉ポートスクエアで、特に、千葉ポートタワーは有名です。上るには有料で、400円ぐらいかかります。上って何をみるべき物があるかでこの料金が高いか低いかがきまりそうです。




画像 この後、国道16号線に戻ってりますが、工場地帯ばかりを走っていても楽しくないので、八幡(「やわた」と読むようです)で左折して、大多喜街道(国道1297号線)に入りました。まずは、市原ダムまで上り、ダム湖を一周しました。ここには、千葉県こどもの国があり、ゴーカートで楽しんでいたのが、見えました。

 しかし、ここからが問題でした。上総国分寺が見つからず、右往左往してしまい1時間のロスをしました。

画像 地図を見れば、市原市役所がある付近の台地上にあるのですが、住宅街で迷って、地元の方に伺ってやっと上総国分寺を見つけることが出来ました。





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 上総国分尼寺跡には、写真のように復元されており、展示館もあります。上総国分寺は、奈良時代の中頃(1250年ごろ)、国の平和と繁栄を祈るため聖武天皇の命によって全国60ヶ所余りに建てられた国立寺院の一つです。


画像 五井駅に出てみて、偶然、見つけた3台の錆だらけのSLが後ろ向きに並んでいました。事務所にお願いして見学させてもらいました。小湊鉄道で使用されていたSLで、国鉄から払い下げてもらい、昭和25年まで五井から上総中野の間で使用されていたそうです。






画像 あちこち寄り道したので、時間が遅くなり県道24号線から県道287号線、さらに国道127号線(内房なぎさライン)を走りに走りました。日が暮れる寸前に、金谷のフェリー乗り場に辿り着きました。

 これで、東京湾の湾岸一周が一応完結しました。

【本日の走行(ジャイアン号)】
平均速度;20.2Km/Hr
最高速度:43.1Km/Hr
走行距離:150.7Km
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東京湾の湾岸散策3(新木場〜幕張)

2008/10/13 09:47
画像 8月に東京湾の湾岸散策した続きです。3連休なので、交通量が少なく、特に、トラックは少ないだろうという予測の元に、安全と排気ガスを考えて3連休の真ん中の日曜日を選択しました。久しぶりに、始発電車に乗り、錦糸町駅まで輪行をして、今回のサイクリングをスタートする。






画像 前回に来た夢の島公園に、早朝の6:30に到着する。この日のコースは長丁場で、全く走っていない東京湾の反対側です。工場地帯ばかりなので、途中、サイクリングとして走るだけでなく、楽しめるように寄り道するつもりです。(このごろ、カメラの調子が悪く、露出おかしくなりエラ−が出てて困っています。)





画像 荒川を渡り葛西臨公園に入り、本日はじめての東京湾です。
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 公園内を一巡りすると、観覧車の近くに、コスモスがきれいに咲いていました。長居もできず、国道357号線を走るが、3連休ということで、ディズニーランドに入る車で大渋滞していました。舞浜の交差点を過ぎると、ガラガラになり快適な走行になりました。




画像 市川野鳥の楽園だけに中には入れません。ぐるっと回ってみれば、ここは宮内庁新浜鴨場なので、なおさら入れいませんね。








画像 船橋競馬場で右折して、千葉県の県道15号には入ると、自転車専用道路が続いていました。車道側が自転車専用で、広い方が歩道ですが、歩いている人は殆どいませんでした。







画像 茜浜緑地は小さかったのですが、防波堤の先端まで行くことが出来ます。ちょうど2隻の小型船が並んで港に入港してきました。








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 幕張メッセに到着すると、何やら賑やかなアナウンスが流れていました。そこで、入口に回って見れば、TOKYOGAMESHOW2008 が開催されようとしていました。入口にあったとても大きなフィギア? その前で、まだ開場前で準備中というところでしょうか。
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芦ノ湖一周は大変だった

2008/09/29 22:17
 折角、編集してほぼ出来上がり写真の配置をチェックしていたらデータが全てなくなってしまいました。再度、入力するのにはエネルギーが入ります。それにしても、BIGLOBEのブログは編集画面と表示画面が全く違うので、編集が面倒な上、このような誤動作するようでは困ったものです。

画像 仙石原の地図にはサイクリングコースとありますが、金時山入口の交差点で左折して路地に入ると、両側に芝生のゴルフ場に挟まれた未舗装の凸凹道になります。

仙石原サイクリングロードを参照ください。





画像 サイクリングコースの中間地点に、長尾峠に行く山道があり、その隣に須永伝蔵の碑があります。ここには、以下のように記されています。

須永伝蔵の碑について
 明治十三年渋沢栄一子爵、益田孝男爵、三井物産株式会社の三者により、この仙石原一帯750ヘクタールの土地に牧場「耕牧舎」が開かれた。
 渋沢栄一の従弟、須永伝蔵が耕牧舎の責任者となり、厳しい気象条件にもかかわらず日夜努力を重ねて、牛馬を飼育し、牛肉、牛乳そしてバターも製造し、地元はもちろん東京にも出荷していました。・・・・(後略)

画像 早川の水源となる水門ですが、殆ど、流れていません。この水門で、芦ノ湖の水位が決まっているようです。








画像 芦ノ湖の周回道路に入り、深良水門まで行く。芦ノ湖の水の権利は静岡県側にあり、この水門から凄い勢いで水路のトンネルに吸い込まれていました。

 写真は、深良水門の整備記念碑です。




画像 周回道路の殆どは木の根と岩で、自転車を押して、担いで、持ち上げて、という状況でした。
 こんな場所もありますので、注意してください。






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 周回道路が少し下りると砂浜に出て、駒ヶ岳と芦ノ湖とジャイアン号のベストショットで撮れました。

 この後、少し走りやすい道になり、旧東海道に出ます。元箱根を通り箱根園からまた遊歩道/サイクリングコースを抜けて湖尻に出ます。少し雨が降ってきたので、ここから来た道をスピードを上げて戻り、早目に小田原に到着しました。

【本日の走行(ジャイアン号)】
平均速度;14.0Km/Hr
最高速度:53.2Km/Hr
走行距離:83.4Km
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足柄幹線林道でススキの仙石原へ

2008/09/28 18:07
画像 久しぶりに、輪行して小田原駅までに行く。今回はちょっと二日酔いのため始発電車でなくノンビリを出発する。そのため、東海道線は1本見送り、空いている小田原行きの電車で行きました。
 小田原から裏道の林道に入るために、市内の荻窪用水に沿って進むと、写真の「めだかの学校」の発祥場所がありました。昔は、荻窪用水に多くの水車があったそうですが、今は1箇所だけ保存されていました。


画像 彼岸が過ぎて涼しくなったとは言え、いこいの森までは急勾配が続くので、一汗かいて通り抜けて行きます。ここからは車も減り、本格的な林道に入ります。






画像 足柄幹線林道の林道のゲートで開いています。通行禁止は悪天候の時だけのようで、地元の車が林道にして多く入ってきます。速度制限20Kmも無視して走っていますので、注意してください。でも、国道1号線を走ること考えれば、より安全で吸わなくていい排気ガスもありませんので、森林浴しながら気持ちよく上れます。



画像 宮城野側のゲートも、当然、開いています。車が抜けられませんからね。車は宮城野から強羅方面に行くようで、ここから先は殆ど車は橋っていませんでした。





 ススキが見頃の仙石原に到着する。やはりのこの雄大さは他にはない景色である。
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こちらの、2年前に行った時の仙石原も参考にしてください。 
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トンネル探索(大原トンネル/と東トンネル)

2008/08/15 14:41
画像 昨日のトンネル探索で見つけた大原トンネルと東トンネルをじっくりともう一度、見てきました。南太田からの坂の途中には、明治時代に使用していた獅子頭共用栓があり、近代水道の貴重な歴史的な遺産として保存されていました。現在、完全な形で残っているのは横浜水道記念館にあるものとで2基しかないとのこと。坂を上ると小さなトンネルが見えてきます。





画像 これが大原トンネルです。車は無理ですが、人や自転車が余裕ですれ違える程度の大きさです。反対側に説明板があり、下記のように記されています(地図)。
 この大原隧道は、昭和3年(1928)関東大震災の復興事業の一環として水道本管を敷設するためのトンネルとして完成しました。延長は254メートル、高さ3.62メートル、幅2.44メートルの馬蹄形トンネルで200分の1の勾配、改修工事により高さと幅に若干の変化があるものの現在もトンネル内部には蒔田・磯子方面への水道本館(口径610mm)が埋設されています。このトンネルの大きな特色は、抗門に紫褐色の焼過煉瓦を一段に長手面と小口面とを交互にみせるフランス積とし、これと対照的に力強いアクセントとして花崗岩を門柱風に配置するなどデザインに工夫がなされ、独特な風格を持つトンネル抗門となっていることです。大原隧道と同様にフランス積の焼過煉瓦と花崗岩で抗門が装飾されている保土ヶ谷区岩井町の東隧道も、同じ用途で同じ頃に作られた兄弟トンネルです。共に横浜の代表的な土木遺産の1つとして評価されているトンネル構造物となっています。
1.歴史的な建造物の概要
(1)名 称:大原隧道
(2)所在地:南区清水ヶ丘76-10・南太田2丁目222
(3)建造年:昭和2年(1927年) 6月 着工
        昭和3年(1928年) 7月 竣行
(4)設計者:横浜水道局
(5)施工者:(不 明)
(6)構造規模:水道用(管理用道路付き)馬蹄形トンネル〔工費72.564円40銭〕
         延長254.5m 勾配200分の1
         高さ 3.62m 幅  2.44m

画像 大原トンネルと兄弟トンネルと言われている東トンネルです(地図)。こちらは大原トンネルよりも大きく車がすれ違える大きさです。でも歩道がなく狭いので注意が必要です。
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近場のトンネル探索

2008/08/14 17:39
 あまりにも暑いので遠出は諦めて、カロリー消費の近場のトンネル探索です。カメラ(重い一眼レフデジカメ)はもちろんのことバッグも持たずに出かけました。その理由は景色ではなくて、以前から気になるトンネルがあり、どのように抜けていくのかルートと、自転車での走行は可能なのかを確認する為です。

 今日は、フロントもリアのライトが必須で、リアは点滅したままの走行でした。

(1)最初は、地図を見ていて、気になるトンネルを発見したので、調べてみることにしました。南太田から保土ヶ谷に清水ヶ丘公園の真下を最短ルートで抜けています。大原トンネル(地図)は歩行者専用トンネルで昭和初期のトンネルで、横浜の土木遺産にもなっていました。でも補強はされているので、現在でも安心して通れます(後日、写真を掲載予定)が、自転車は下りて押して通行することになります。次の東トンエルは下り坂の一般道ですが、狭いので注意が必要です。そのまま進むと国道1号線に出ます。

(2)今日はここから戻ります。空いている16号線のトンネルをいくつも抜けて、逸見で右折して池上十字路の交差点で右折します。ここで左側に新しく出来たトンネルがあります。暑い時は長いトンネルは何かほっとします。このトンネルは私の地図には載っていないので、横須賀インター入口(地図)から平作(地図)まで短い距離(田浦・久里浜線)ですが、横須賀しょうぶ園に行く時にはこの道を行くのがいいでしょう。そのうち、衣笠インター入口に抜けて久里浜まで繋がるのでしょう。

(3)元に戻ってきて県道27号線を葉山方面に向い、湘南国際村入口で右折します。ここは新道の殆どが長いトンネルで、自転車は左側の歩道(片側しか歩道はありません)を走れば安全に走れますが、長いトンネルなのに排気装置がなく空気はよくありませんから、歩道は広いので歩行者に注意しながら早く出るべきでしょう。トンネルは新沢トンネル竜神トンネル南郷トンネルとなります。出て右折すると自動車専用の高徳道路の料金所なので自転車はいけません地図)。どうしても左折して逗葉新道で葉山・逗子に抜けるしかありません。県道24号線で田浦に戻りました。

お昼には帰宅して、シャワーを浴びてビールとそーめん、そしてアイスクリームが美味しい、満足に1日。

[本日の走行(クロスケ号)]
平均速度:21.2Km/Hr
最高速度:50.7Km/Hr
走行距離:72.7Km
累積距離:3274.3Km
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若洲海浜公園にサイクリングコース

2008/08/12 00:34
画像 若洲海浜公園の入口にサイクリングコースがありました。都心に住んでいる人にとっては手軽なサイクリングコースではないでしょうか・








画像 道幅はあまり広くはないので、対面通行で注意は必要です。でも海を見ながらサイクリングは気分をリラックスさせるでしょう。








 遠くに葛西海浜公園が見えます。
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 若洲海浜公園の6Km程のサイクリングコース
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東京湾の湾岸散策2(羽田〜木場)

2008/08/11 16:35
画像 産業道路を旧呑川緑地で右折して、京浜島つばさ公園に行き、ひっきりなしに出発するジェット機を見ることが出来るスポットです。この日は曇り空なので、飛行機撮影には向いていないので、小休憩してから空いている海岸道路(?)から海岸通りに出ました。






画像 東京海洋大学の敷地の中に大きな帆船(雲鷹丸とあった)がありました。喫水線いかが地面に埋もれていますので、どうやって運び込んだんだろうか不思議である。







画像 築地で右折して晴海通りもはいります。お台場に渡るレンボーブリッジは自転車の乗り入れを禁止していますので、隅田川を渡るのは勝鬨橋しかありません。







画像 今回の新しい発見は晴海3から豊洲にかけて真っ直ぐに伸びる新しい橋が完成していました。ゆりかもめの新豊洲駅に出ます。 帰路の時には、花火大会があるため大勢の見物客が訪れていて通行止めでした。







画像 湾岸道路に沿って辰巳の森緑道公園があり、その園内を抜けて今日の目的地の1つである夢の島公園に行く。








画像 今日のもう1つ目的地は若洲海浜公園でした。帰路は、花火大会のため混雑が予想されるので、花火を見ずに早目の帰宅とすることにした。

[本日の走行(クロスケ号)]
平均速度:20.9Km/Hr
最高速度:44.9Km/Hr
走行距離:143.8Km
累積距離:3141.5Km
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東京湾の湾岸散策1(横浜〜川崎)

2008/08/11 15:04
画像 今年の夏は暑くて早くも夏バテ気味です。オマケに夏期休暇の初日は病院と図書館で1日を費やしてしまいました。そこで、日曜日は曇るとの天気予報の情報を信じて、お盆休みで日曜日の都内に向う。出来る限り高速道路の高架下の日陰を択んでコース取りしていきました。

 ところで、目的はというと東京湾を1周するように行きますが、只走るだけではないので1日では無理ですから、何回かに分けていくつもりです。今回は、地元、横浜を回ってから都内に入りました。


画像 最初は磯子の工場地帯の先端にある磯子海づり施設まで行きました。この時に対岸には、改装中か修理中かへり空母(?)らしき海上自衛隊の船体が見えました。







画像 三渓園の前を通過して本牧埠頭に向い、横浜港の入口にある横浜港シンボルタワーに行きます。この時に、やっと朝日がタワーに当たっていました。ここは何度か来ているので、すぐに、Uターンします。







画像 山下公園などの横浜の中心部を抜けて行き、生麦から右折して横浜港の入口の反対側に当たる大黒海づり公園に行く。すでに釣り客で満員御礼が出ていました。
 対岸には、先程、寄ってきた横浜港シンボルタワーが見えます。また、周辺にはやたらと自動車運搬船が多く、停泊していました。





画像 川崎地区は工場地帯なので、産業道路を進み都内に入ります。一般道ではこれより河口には橋がないので、きれいに整備された大師橋を渡ります。
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タイトル 日 時
平塚の七夕まつりに行く
平塚の七夕まつりに行く  134号線を利用して、平塚市内には入りましたが、途中、江ノ島は濃霧で全く見えませんでした。ロード集団の少し後ろについて走行して意外と早く到着しました。やはりロードは速くて40km/hrぐらいで走行していました。まだ、午前中の早い時間なので、準備中という感じでした。 ...続きを見る

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2008/07/06 00:22
横浜の史跡の紹介(神奈川奉行所跡)
横浜の史跡の紹介(神奈川奉行所跡)  桜木町からランドマークビルを背にして紅葉坂を上る途中に、神奈川婦人会館がありその前に記念碑が建っています(地図)。 ...続きを見る

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2008/06/12 21:49
滝山城跡と高幡不動に行く
滝山城跡と高幡不動に行く  多摩川サイクリングロードを走っていて、気になっていたが、いつも立寄るのを忘れていた場所が2箇所ほどありました。そこで、梅雨の合い間に晴れたので、久しぶりに多摩川サイクリングロードを走り、その2箇所に向う。土曜日だったため、意外と空いており、走りやすかった。多摩川のの対岸に渡り、途切れ途切れの土手の道をのんびりと走って、滝が原運動公園に向う。 ...続きを見る

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2008/06/09 00:58
大井埠頭の周辺を散策
大井埠頭の周辺を散策  東京地域はゴールデンウィークの後半はあまり天気がよくありませんでした。そのため、今年は遠出せずに横浜市内や都内の散策をしていました。そこで、都内に入るいつもの産業道路のコースで大井埠頭の周辺に行ってきました。環状7号線で大井埠頭に向かいましたが、途中で、大井埠頭中央海浜公園を一回りし、次は東京湾野鳥公園(入場料300円)を散策しました。 ...続きを見る

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2008/05/07 00:47
横浜の観光案内地図が入手できます。
 ゴールデンウィークで横浜に来られる方は、事前に地図を無料で入手できまます。 ...続きを見る

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2008/05/03 17:29
富津岬に行く
富津岬に行く  久留里からは県道145号線に出てから、県道163号線で名もない峠を越えます。最後は県道158号線で富津市内に入り、富津公園に到着しました。この間は、トラックの多い道を回避して、裏道なので割と走行しやすかったです。しかし、法木付近では反対車線のトラックの多さには驚きました(逆方向は注意)。 ...続きを見る

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2008/04/14 00:15
久留里線沿いに探索
久留里線沿いに探索  亀山湖の近くに、久留里線の終点である。上総亀山駅があり、乗客を乗せて到着したばかり車両が停車中でした。まだディゼルカーなので、ローカル線らしいさが出ていますね。 ...続きを見る

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2008/04/14 00:14
房総スカイラインで亀山湖へ
房総スカイラインで亀山湖へ  珠にしか車がない尾根伝いの道を快適なサイクリングしていく。途中に鹿野山(353m)があり、その近くに神野寺があるので今日の交通安全を祈願していく。ちょっと時期は遅かったが、枝垂桜などの桜が多く見られた。撮影の注意書きが名残りで残っていたことから混雑したのだろう。 ...続きを見る

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2008/04/13 16:15
久しぶりにフェリーに乗り、まずマザー牧場へ
久しぶりにフェリーに乗り、まずマザー牧場へ  久しぶりに東京湾フェリーに乗って、金谷港から房総半島の探索をすることにしました。金谷港を出て国道127号線を走り始めたら、乗ってきたフェリーが見えたので、自転車との記念撮影です。 ...続きを見る

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2008/04/13 15:21
横浜の史跡の紹介(ジェラール水屋敷地下貯水槽)
横浜の史跡の紹介(ジェラール水屋敷地下貯水槽)  元町公園から少し下ったところに水屋敷跡があります。ジェラールの水屋敷は、横浜の市街地の井戸水は塩分を含んでいて、飲用には適していませんでした。丘陵地帯は良質の湧水が多く、ジェラールは山手の麓の水源を確保して、パイプを敷設して、山下居留地や寄港船舶に供給した。地元の人は「水屋敷」と呼ぶようになった。その水屋敷の地下貯水槽が今も保存されています。(地図) ...続きを見る

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2008/02/21 22:00
根岸森林公園の梅が開花
根岸森林公園の梅が開花  この頃、週末になるとお天気が悪かったり、用事が出来たりで、あまり自転車に乗っていないので、少し運動不足となっていた。そこで、運動がてら急坂を上って根岸森林公園に立寄る。遠くからはあまり咲いていないようでしたが、近くに行ってみると早咲きの梅が咲いていました。近場の梅林で一番早く咲くのがここです。 ...続きを見る

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2008/02/10 18:43
横浜の史跡の紹介(ジェラールの亙工場と水屋敷跡)
横浜の史跡の紹介(ジェラールの亙工場と水屋敷跡)   元町公園内にある「ジェラールの亙工場と水屋敷跡」は、ここに湧き水があることからできたようです。説明板には次のように説明されています。  『この地は、明治初年フランス人アルフレッド・ジェラールが、居留地建設にともなう西洋亙や煉瓦を製造した工場並びに水屋敷跡です。  ジェラールの経歴については不明な部分が多いのですが、居留地77番〜79番の約3,370坪(約11,200u)を落札し、永代借地権を獲得して蒸気機関を原動力とした工場を経営しました。  日本絵入商人録(明治19年刊)によると製品... ...続きを見る

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2008/02/10 18:17
サイクリングロード巡り
サイクリングロード巡り  今日はクロスケ号のフロントギアなどの調整をしたので、テストを兼ねて 、境川サイクリングロード、尾根緑道、多摩川サイクリングロード、鶴見川サイクリングロード、と巡るコースを走ることにしました。境川サイクリングロードに出るまでに、今日は環状4号線の裏道に入ったところで富士山がよく見えました。 ...続きを見る

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2007/12/24 18:49
旧鎌倉街道(上道)の散策
旧鎌倉街道(上道)の散策  自宅から旧鎌倉街道(上道)に出て、上大岡から旧街道は裏道になっており、弘明寺あたりで現在の鎌倉街道に合流します。横浜国立大付属中学の前には、鎌倉街道の碑があります。 ...続きを見る

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2007/12/21 22:23
横浜の史跡の紹介(クリーニング業発祥の地)
横浜の史跡の紹介(クリーニング業発祥の地)  港が見える丘公園の脇にある谷戸坂を少しの上った左側に、クリーニング業発祥の地の記念碑があります。(地図) ...続きを見る

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2007/12/21 08:47
外国人居留地の発掘
外国人居留地の発掘  現在、開港当時の外国人居留地において遺構調査が行われているという記事が読売新聞に載っていました。探してみると、山下町48番地で発掘調査が行われていましたが、高い塀で囲われているため様子がわかりません。ここまで隠す意味があるのでしょうか?  11/24には説明会が行われたようです。その後の説明会の予定はないようです。山下居留地遺跡の公式ホームページはこちら。 ...続きを見る

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2007/12/16 10:06
横浜の史跡の紹介(横浜ボーリング発祥の碑)
横浜の史跡の紹介(横浜ボーリング発祥の碑)  12/13の読売新聞で、「港を碑楽」シリーズに「ボウルとピンをあしらう」という記事が載っていました。記事を読むと、日本で最初のボーリングは長崎のようで、横浜は2番目だったようです。碑の建ってのは、港の見える丘公園のフランス山地区にあります。  この場所は、 開港当時、フランス領事館があった場所であり、そのことから現在はフランス山と呼ばれている。この碑がなぜここにあるのかは不明です。(地図) ...続きを見る

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2007/12/16 09:00
横浜プリンスホテルが消えた!
横浜プリンスホテルが消えた!  以前の写真で、自宅から大きな横浜プリンスホテルが見えていました。しかし、残念なことにホテルの廃業が決まり、解体することになりました。近くに行くと、鶴の翼を広げたような曲線美のような建物で壮観でした。横浜中心部に大きなホテルが出来たので、収益が上らなくなったのでしょう。  この間までは、解体中の横浜プリンスホテルが見えていました。いずれ、ここにはマンションが建つ予定だそうです。 ...続きを見る

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2007/12/10 00:48
横浜の史跡の紹介(旧英国海軍物置所護岸跡)
横浜の史跡の紹介(旧英国海軍物置所護岸跡)  読売新聞の「港を碑楽」に、「開港時ここまで海」という記事が載っていました。ここは流石に知りませんでした。開港時に駐留した英海軍がこの地に物置所を作った護岸が保存されて記念碑があります。開港当時は、山手の北端に位置して、海に面していたという。 ...続きを見る

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2007/12/09 11:36
横浜の史跡の紹介(メダリオン)
横浜の史跡の紹介(メダリオン)  読売新聞の「港を碑楽」の欄に、メダリオンとあった。これはなんだろうと記事を読んでみると、最初フランス軍が駐屯していたところが、撤退後にフランス領事館となった。その領事館の外壁あった装飾品が、港が見える公園のフランス山地区にあるフランス橋の下に展示されています。(地図) ...続きを見る

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2007/12/04 12:12
横浜の史跡の紹介(西洋歯科医学発祥の地)
横浜の史跡の紹介(西洋歯科医学発祥の地)  万永元年(1860)に、歯科医師として来日したクラーク博士が明治14年に診療所を開設したのが始まりです。クラーク博士は日本人の歯科医師育成に尽力したことが高く評価されて日が出来たようである。しかし、碑の建っている場所の由来は不明で、博士は上海と横浜を行き来していたので、定住したのは明治15年以降のようで合う。 ...続きを見る

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2007/11/24 00:20
横浜の史跡の紹介(日本国新聞発祥之地)
横浜の史跡の紹介(日本国新聞発祥之地)  中華街の関帝廟通りの歩道に、「日本国新聞発祥之地」の碑が建物側に向いて建っています。1850年の開港の時に、米国領事館の通訳として帰国した浜田彦蔵が、海外のニュースを翻訳、編集して日本としてはじめて新聞を1864年に創刊したことを記念した碑があります。(地図) ...続きを見る

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2007/11/15 17:48
横浜の史跡の紹介(西洋理髪発祥之地)
横浜の史跡の紹介(西洋理髪発祥之地)  山下公園内にあるモアイ像のような記念碑が西洋理髪発祥之地の記念碑です。(地図) ...続きを見る

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2007/11/08 20:15
横浜の史跡の紹介(ホテル発祥の地)
横浜の史跡の紹介(ホテル発祥の地)  大桟橋通りに面したレストランの前に、ホテル発祥の地の碑が建っていました。建てられた日付を見てみると、最近のようで平成16年とありました。また、建てたのはレストランに関係している人たちのようで私設の説明板ですかね。(地図) ...続きを見る

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2007/11/03 17:01
深大寺までサイクリング
深大寺までサイクリング  久しぶりの多摩川サイクリングロードである。今日は自走なのでクロスケ号で行くことにしました。また、クロスケ号のリアキャリアを削って、シトーポストを5mm下げたので、その調子を見る目的もあります。いつもと違う綱島から武蔵中原に出るコースを行き、等々力緑地から多摩川サイクリングロードに入りました。 ...続きを見る

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2007/10/22 19:29
神代植物公園を散策
神代植物公園を散策  園内に入り右側に行くと、ダリア園があり、大きな花が色とりどり咲いていました。 ...続きを見る

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2007/10/22 19:24
横浜の史跡の紹介(ヘボン博士邸跡)
横浜の史跡の紹介(ヘボン博士邸跡)  ヘボン博士(正式にはハップバーンである)は開港後の横浜にキリスト宣教医として来航してきました。ヘボンの最初の住居として成仏寺にしていたが、その後、宗興寺に移り、日本語の習得するとともに施療所を開いた。その宗興寺に碑が残っています。(地図1) ...続きを見る

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2007/10/18 21:34
秋山から道志に周回コースを行く
秋山から道志に周回コースを行く  最近、走行していている道が平坦な道が多く、緑の多い峠の道が走りたくなりました。涼しくなったこともあり、神奈川県と山梨県の県境にある道で唯一走っていなかった道があることがわかり、道志みちの裏側にある道で、秋山を通る県道35号線を行くことにした。  橋本まで輪行して道志みちを梶野交差点で右折して秋山に向かいました。ここからは交通量が極端に少なくなりますので、気持ちよく峠までのサイクリングを堪能できます。 ...続きを見る

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2007/10/14 10:55
サイクリング途中で立寄った横須賀港
サイクリング途中で立寄った横須賀港  秋晴れの3連休なので、久しぶりに三浦を一周しようと出かけれるが、朝はノンビリ遅く出かけて、目向いて走る事もなく、ホームセンターで買い物したり、あちこち散策していったので、一周できませんでした。いつものコースで16号線のトンネルを通過して、緊張するトンネルが終り、最初に寄ったところは、ヴェルニー公園で、休憩しながら横須賀港の護衛艦を眺めていました。 ...続きを見る

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2007/10/08 09:13
ワールドフェスタヨコハマ2007が開催
ワールドフェスタヨコハマ2007が開催  ワールドフェスタヨコハマ2007が開催中で、屋台村に世界のいろいろな料理がありました。皆さん本場のうまいものを食していました。 ...続きを見る

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2007/10/06 18:38
横浜の史跡の紹介(中居屋重兵衛店跡)
横浜の史跡の紹介(中居屋重兵衛店跡)  横浜開港当時の貿易は生糸が最大の輸出品だったのでしょう。その生糸貿易商の「中居屋重兵衛店跡」の記念碑が東京都民銀行横浜支店脇にあります。中居屋重兵衛は群馬県の出身で開港直後に横浜に進出して、生糸貿易の過半数を占めていたという。(地図) ...続きを見る

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2007/10/06 17:46
横浜の史跡の紹介(神奈川県電気発祥の地)
   横浜の史跡の紹介(神奈川県電気発祥の地)  ベイスターズ通りに、神奈川県での最初の発電所の出来たとして「神奈川県電気発祥の地」があります。横浜で最初に電力会社が設立されたのは、明治22年だそうである。(地図) ...続きを見る

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2007/10/06 16:56
横浜の史跡の紹介(玉楠の木)
横浜の史跡の紹介(玉楠の木)  写真はペルリ提督以下横浜村上陸図をカラー化して再現したもののようです。この図にある右側に木があるところが、現在の横浜開港資料館の中庭にある木です。この木は、タブノキという種類で、通称「たまくす」と呼ばれています。(地図) ...続きを見る

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2007/09/23 11:05
横浜の史跡の紹介(日本写真の開祖?)
   横浜の史跡の紹介(日本写真の開祖?)  新聞の記事によれば、日本写真の開祖が建立されてから、史料がいろいろ出てきてことで訂正されており、万延元年にアメリカ人のフリーマンが日本最初の写真館を開設して、1861年に事業を譲渡された犬飼玉川が両国に写真館を開いたのが、日本人最初の写真家となったと記載されていました。(読売新聞の「港を碑楽」から引用) ...続きを見る

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2007/09/22 17:18
江戸川サイクリングロードの左岸を南下
   江戸川サイクリングロードの左岸を南下  江戸川サイクリングロードを北上して、水門を過ぎるとサイクリングロードが急に道幅が広がります。江戸川サイクリングロードの終点の標識も無く、利根川サイクリングロードに入ってしまいます。水門まで戻って水門の上を渡り、中洲の公園を散策します。ここには、江戸川の棒出しに使われた石や江戸川橋梁の一部が保存されていました。ここから、本格的な橋を渡り関宿城博物館に行けます。  博物館では資料の見学だけでなく、天守閣?の4階に上ると周辺の景色がよく見えて利根川と江戸川に位置関係がよくわかります。川が自然の要塞... ...続きを見る

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2007/09/16 11:10
江戸川サイクリングロードの右岸を北上
江戸川サイクリングロードの右岸を北上  3連休ということで、早朝の出発で江戸川サイクリングロードに行きました。あまりにもメジャーですが、まだ、下流側しか走っていなかったので、今日は金町駅から江戸川サイクリングロードの右岸(上流に向って左側でヤヤッコシイ)を北上します。 ...続きを見る

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2007/09/16 00:07
横浜の史跡の紹介(アイスクリーム発祥之地)
   横浜の史跡の紹介(アイスクリーム発祥之地)  馬車道通りにあるこの像はちょっと見ただけではなんの像だかわかりません。普通に、母子の像と思ってしまいます。(地図)  この像があるところに町田房造がお店を出したことで、アイスクリーム発祥之地となっているが、どうも詳細は、日本初はアメリカ人リズレーが最初であったようです。しかし、氷をアメリカから持て来ていたので高価であったため、日本で氷を供給できるようになって、町田房造が初めて、その氷でアイスクリームを作ったということのようです。 ...続きを見る

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2007/09/06 21:20
旧大山街道の探索2
旧大山街道の探索2  そろそろ暑さも峠を越えて、熱中症の危険性がなくなったので、本格的にサイクリング活動を開始しようと考えています。 ...続きを見る

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2007/09/02 22:30
旧大山街道の探索
旧大山街道の探索  今年の夏は暑い。1日中、外にいると熱中症になるということで出掛かる決断がなかなかつきませんでしたが、少し曇るというので、神奈川県の旧街道で探索していない大山街道を探索することにした。早朝の空いている電車で有楽町まで輪行してスタートを切る。日比谷公園を通過して、三宅坂から行く。写真は大山街道の起点となっている赤坂見附です。赤坂見附は外堀の入口に位置していた。 ...続きを見る

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2007/08/13 16:33
横浜の史跡の紹介(近代街路樹発祥之地)
横浜の史跡の紹介(近代街路樹発祥之地)  読売新聞の説明によれば、慶応2年に大火災の後の再建計画の中で、馬車が通れる道の造成することになり、そのときに各商店が競って柳や松の街路樹を植えたという。その道が馬車道であり、「近代街路樹発祥之地」の記念碑を開港120周年を記念して建てられたという。(地図) ...続きを見る

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2007/08/02 20:58
横浜の史跡の紹介(吉田橋関門跡)
 読売新聞の港を碑楽が掲載されたので、そこからの引用も含めて、この史跡を紹介します。場所は、石川町駅を横浜寄りの改札を出て、左側の高速道路の上の橋にあります。昔は、川に架かる橋でしたが、今は高速道路の上に吉田橋(地図)があります。 ...続きを見る

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2007/07/22 17:43
横浜の史跡の紹介(岡倉天心生誕之地)
 読売新聞の連載で、「港を碑楽」というのがあり、「岡倉天心生誕之地」の由来がわかりました。  横浜市開港記念会館の脇に、「横浜町会所跡」と並んで、左側に「岡倉天心生誕之地」の碑があります。「横浜町会所跡」と一緒に見ていくといいでしょう。岡倉天心とは、明治時代を代表する美術評論家で、日本画家を育てたことでも有名である。なぜ、ここに碑があるかというと、福井藩の貿易政策で横浜に常駐していた藩士達の活動拠点であった石川屋がこの地にあり、天心はここで生まれ10年間ほど横浜で生活していたといわれている。 ... ...続きを見る

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2007/07/22 16:47
平塚の七夕まつりに行く
 梅雨の合間に雨が降らないという天気予報だったが、早朝は怪しい雲があり出発を遅らせて半信半疑で出かける。しかし、雨が降ってきたら、すぐに避難できて輪行で帰れるようにと考えました。そこで、平塚の七夕まつりが7/8までなので行ってみることにした。いつものコースで江ノ島まで出たから、134号線の湘南海岸沿いを安定走行していく。 ...続きを見る

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2007/07/08 18:20
横浜の史跡の紹介(横浜町会所跡)
 町会所とは、現在の市役所や町役場のような役割をしていたようです。説明板にある内容は次のようにありました。『この地に、明治7年(1874年)に竣工した石造2階建て屋上に高塔のある建物は、横浜市制施行の明治22年まで横浜も町政を執った町会所でした。「時計台」の愛称で親しまれ、横浜の名所となっていました。明治23年横浜貿易商組合会館と改称し、その後横浜会館と改めましたが、明治39年12月類焼により消失いたしました。跡地に開港50年を記念して現在の建物が大正6年竣工しました。また、この地は開港期より明... ...続きを見る

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2007/07/06 20:34
横浜の史跡の紹介(電話交換創始之地)
 日本大通りにある電信創業の地から1つ隣の大桟橋通りに沿いの歩道に電話交換創始之地があります。今風に言えば、当時のITの中心地でしょうか。6/14の読売新聞に話交換創始之地について、紹介されていました。(地図) ...続きを見る

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2007/06/15 21:17
横浜の史跡の紹介(消防救急発祥之地)
 6/7の読売新聞に消防救急発祥之地が紹介されていました。場所は、大桟橋通りの歩道の脇に、何気なく消防救急発祥之地があります。ここから階段を下りていくと当時の地下貯水槽の中を見ることできます。ここの消防署には、3台のポンプ車があったということです。 ...続きを見る

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2007/06/15 21:15
飯山観音まで試験走行
 新しい自転車をクロスケ号と命名して、サドルの交換やポジションのセッティングなどの確認をしながらの試験走行に出かける。いつものサイクリングロード巡り(境川CR−多摩川CR−鶴見川CR)をするつもりでしたが、同じコースも面白くないので、以前に、通過した飯山観音に行くことにした。  綾瀬辺りの排水溝の段差に前輪が落ちて、又もリム打ちのパンクをしてしまいました。近くの公園で、休憩を兼ねてノンビリとパンク修理をする。 ...続きを見る

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2007/06/05 00:24
海底トンネルで川崎マリエンまで行く
 あまりにも天気がよいので、サイクリングの予定がなかったのですが、電子部品の購入も兼ねて出かける。そこで、休日は空いている工場地帯で、東扇島にある川崎マリエン行くことにした。 ...続きを見る

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2007/05/13 15:25
横浜の史跡の紹介(鋳鉄製の大砲)
 『鋳鉄製の大砲』(深まる?埋没の謎)で紹介されている大砲は、開港資料館の脇に、記念に置いてあります。この大砲には謎があるようで、東インド会社所有の船に備えてあったカノン砲ということですが、なぜ、埋めたのかが謎なのです。 関東大震災の時に埋もれたという説があり、貿易会社の跡地から掘り出されたそうです。それも3門も出てきたそうです。1門は、ペリー来航で横浜警護を担当した松代藩のものとも言われています  読売新聞の「港を碑楽」からの引用ですが、著作権に触れるので解像度は落として内容は読めないよう... ...続きを見る

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2007/05/13 13:54
横浜の史跡の紹介(リチャード・ヘンリー・ブラントン胸像)
 日本大通りの正面にある横浜公園の中に、リチャード・ヘンリー・ブラントン胸像があります。彼は、明治元年に来日して、明治政府により横浜の都市計画を関わったようです。港崎遊郭の大火災を教訓に、日本大通りは道幅を広くとって、防火道路にしたと言われています。 ...続きを見る

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2007/05/13 13:22
大山千枚田を訪れる
 4/28、29には、大山千枚田で1000本の松明を灯した「棚田の灯り」があったというニュースがあり、そろそろ大山千枚田でも田植えの時期になったようです。これだけの規模の棚田は珍しく、棚田は山間地に広がる375枚あるそうで、残念ながら1000枚はありません。しかし、これだけの規模は今後も保存してほしいものです。そのための対策なのかオーナー制度が運用されているようです。そこで、東京湾フェリーで千葉県に渡り、田植えの始まる時期の大山千枚田を一度は見学することにしました。   NPO法人大山千枚田保... ...続きを見る

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2007/05/04 13:13
江戸五色不動めぐり
 都内を巡るには、お正月とゴールデンウィークが空気がきれいで道がすいているので、適しています。今回のコースは、江戸五色不動を巡ることにしました。五色とは青・黄・赤・白・黒で梵語で言う地・水・火・風・空をあらわしたのは、その後になって言われたようです。 ...続きを見る

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2007/04/30 13:01
ヨコハマ大道芸を見ていく
 ヨコハマ大道芸の公式ハンプレットを100円で入手しました。野毛から始まった大道芸が、今は、みなとみら21地区、関内地区、イセザキ地区、野毛地区の各地区の合同大道芸会と広範囲に拡がりました。 ...続きを見る

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2007/04/21 17:58
近所に巨大なトンネルを見つける
 駅までの通勤経路の途中にある石像で、昔、疫病が流行したときに鎮めたということで祀られているようですが、破壊に遭い、昭和に作りなおされたようです。 ...続きを見る

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2007/02/26 21:24

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