横浜の史跡の紹介(神奈川奉行所跡)
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作成日時 : 2008/06/12 21:49
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桜木町からランドマークビルを背にして紅葉坂を上る途中に、神奈川婦人会館がありその前に記念碑が建っています(地図)。
説明板には下記のようにきされていました。
横浜開港にともない安政6年(1859)6月4日、開港場建設の事務に当たった外国奉行境忠行・水野忠徳・村垣範正・堀利煕・加藤則著の5名に神奈川奉行兼帯の命があり、青木町(神奈川区)に会所、戸部村宮ヶ崎(西区)に奉行所を置き、また横浜村(中区)の中央に運上所を置いて事務を執りました。この地にあった奉行役所は戸部役所と呼ばれ、内国司法・行政の事務を取り扱い、運上所では、関税及び外務全般の事務を取り扱いました。万延元年(1860)神奈川奉行は専任となり、松平康直・都筑峰暉が任命されました。
明治元年(1868)3月、明治政府は新たに横浜裁判所を置きました。4月神奈川裁判所と改め、これを2つに分け横浜裁判所・戸部裁判所とし、運上所並びに戸部役所の業務を引継ぎ、神奈川奉行所は廃止されました。その後、明治3年、神奈川県庁と改称されました。
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