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help リーダーに追加 RSS 横浜の史跡の紹介(小野光景別邸跡)

<<   作成日時 : 2008/05/01 21:10   >>

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画像 読売新聞の「港を碑楽」に小野光景別邸跡が本牧市民公園にあるということですが、探しても見つからず悩んでしまいました。そこで、考えたのがここら辺は昔は海であって、埋立てられたことから、若しかして碑は崖の上かも知れないと考えて、市民プール脇に八聖殿郷土資料館に行く階段があるので上ると、予想通り崖の上に見つけることができました。(地図




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 これが「小野光景別邸跡」の石碑です。ここには下記のように記されていました。
『かって、この地は幕末の激動がようやく鎮まった安政六年(1859)横浜開港の創始者とうたわれた横浜町名主小野塀上門光賢の長子小野光景の広大な別荘地で当時この公園と呼ばれていました。豪華絢爛たる洋式別荘は外国使節団当承知ノ場とされ、開港にかかわる歴史的場羽陽な場所であった。
 明治五年(1872)、光景は父光賢の職を継ぎ、次いで明治十三年(1880)、わが横浜商工会議所の創設を始め、横浜学校の始、壮行・如春の二学舎の開設、横浜正金銀行開設、横浜商法学校設立、新港埠頭の建設、八王子横浜間鉄道の新設等々、揚げて枚挙にいとまなく主唱者として貢献し、更に、明治十六年(1883)には自ら貿易行小野商店を開業するなど、障害の前半を成二に、後半を実業に捧げて燃えつくし、と横浜の地鶴見の総持寺の一隅に、父光賢の墓とならんで葬られている。
 このように、この地は横浜発展の礎を築いた小野光景を偲ぶことのできる場所であり、ここに一碑を建て光景の事情を永く後世に伝えることを願ってやまないものである。』

画像 本牧市民公園の片隅に、昔の蒸気機関車(SL)のD51型が保存、設置されています。今にも走り出そうな迫力です。その隣には、機関車の向きを替えるターンテーブルも保存されていました。




 私が幼少の頃には、このD51が横浜港への引き込み線に貨物を運んでいました。多分、首都圏で最後までSLが活躍していた路線ではないでしょうか。そのSLと、クロスケ号の記念撮影です。
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